名詞アクセントの平板化 [編集]
かつて起伏型に発音されていた名詞が平板型に発音されるようになる現象。
一般に新語や外来語は後ろから3番目の音節にアクセント核が置かれる。使用頻度が低いうちはそのままのアクセントが保たれるが、使用頻度が高くなると発音に要するエネルギーの低い平板型に移行する傾向がある[要出典]。
ユーロ ドラゴン セカンド ナビラッコ バリヤ サーチ天延 セスカーナ ユッカ 京いも パレス レオタガ オマーン フライト リポジ ピンク チャコール サドルシ ライト じゃじゃん シキミ エッジ カチュ クロロ 学園天国 ソワレ ダイレーザ ハンサム シート ニアピン ロハス ラナン ソコン かすかわ 星のフラ シューズ フーズ トレーサー ターピース ルカラー 天羽 シャープ パオトウ くずまき マミー スウェ フォトカ そけい メトニミ フランス スリーエム
例:レコード → レコード
ファイル → ファイル
外来語を中心に日々増える新語の多くは起伏型であり、また後述するように動詞については近年起伏型に発音される傾向が強い。せめて定着した名詞は平板化しなければ起伏型ばかりになって発音しにくくなってしまうとする意見もある[要出典]。
一方、使用頻度が低い語や、特殊な語と意識される語では、平板型(あるいは尾高型)から起伏型に移行する現象も見られるが、こちらはあまり問題にされない[要出典]。
例:再現 - さいげん → さいげん
2月 - にがつ → にがつ / 4月 - しがつ → しがつ
国会-こっかい → こっかい
用言アクセントの起伏化 [編集]
用言のアクセントについては名詞とは逆に起伏型に移行する傾向がある。
動詞はアクセントの点で、
終止形が起伏型に発音されるもの(原則として2拍語は頭高型と中高型。3拍語では中高型が多いが、「CVVCV」の構造を持つ以下の6語頭高型になる。"入る、参る、帰る、返す、通る、通す"。4拍語以上は中高型。全体を通して、尾高型は2拍の頭高型や3拍以上の中高型が、母音の無声化によってアクセント核が後部に1拍ずれた場合を除けば存在しない。例:「吹く」の「ふ」の無声化)。※C=consonant V=vowel
終止形が平板型に発音されるもの
の2つに分類されるが、かつて (2) に属していた動詞が (1) に移行する傾向が近年強まっている。特に複合動詞で特にこの傾向が強い。保守的なアクセントを用いると考えられているNHKのアナウンサーでも既にかなりの揺れが見られる。
例:複合動詞
立ち寄る - たちよる → たちよる
持って行く - もっていく → もっていく
単純動詞
はしゃぐ - はしゃぐ → はしゃぐ
養う - やしなう → やしなう
また、形容詞のアクセントも同様に2つに分類されるが、もともと(2)に属する語が少ないこともあって、(1)のように発音される傾向がある。
例:宜しい - よろしい → よろしい
くすぐったい - くすぐったい → くすぐったい
(2) に属する語は以下のとおり[4]
「赤い」「浅い」「厚い」「甘い」「荒い」「薄い」「遅い」「重い」「堅い」「軽い」「きつい」「暗い」「けむい」「つらい」「遠い」「眠い」「丸い」「明るい」「危ない」「怪しい」「いかつい」「おいしい」「重たい」「悲しい」「黄色い」「けむたい」「冷たい」「眠たい」「平たい」「優しい」「宜しい」「くすぐったい」「難しい」
敬語に関するもの [編集]
日本語の誤用(敬語に関するもの)も参照されたい。
二重敬語 [編集]
尊敬語や謙譲語を重ねる表現。万葉集の時代から第二次世界大戦に至るまで天皇などに対しては積極的に使われ、また口語では天皇など以外に対しても用いられた。「いらっしゃる」(<いらせらる<いる+尊敬の助動詞「す」+尊敬の助動詞「らる」)や「思し召す」(思うの尊敬語「思す」+尊敬語「召す」)のように、二重敬語が慣用化して一語になったものも古くからある。
戦後になって、敬語の簡略化を目指した政府により、これからの平等社会には相応しくないとされるようになった。特に皇室関連では、それまで通例であった二重敬語が意識的に排除された。
一般に日本語の規範と考えられているNHKアナウンサーも、中立性を求められるNHKが皇族を過剰に敬ってはならないので皇族に対しては二重敬語を使わないようにしているものの、それ以外ではしばしば使っている。ただし、敬語の使い方を特に取り上げた番組では、誤りではないが好ましくない敬語として扱う。
その年の夏、御息所、はかなき心地にわづらひて、まかでなむとしたまふを、暇さらに許させたまはず。(『源氏物語』)
「許す」に尊敬の助動詞「す」を接続させたところへ更に尊敬の補助動詞「給ふ」を接続させている。古典文学において二重敬語は、地の文では天皇などに対する最高敬語として用いられる。会話文では天皇以外に対しても幅広く用いられる。
家のだんなさまが、お前さんに会いたいから、つれて来いと、おっしゃられた。(昭和23年、菊池寛『アラビヤンナイト』)
かつては普通に用いられた表現だが、現代社会においては、尊敬語「おっしゃる」と尊敬を表す助動詞「れる」を二重に用いるのは過剰で、「おっしゃいました」または「言われました」が相応しい。
お葉書、拝見いたしましたが、ぼくの原稿、どうしても、――だめですか?(昭和12年、太宰治『二十世紀旗手』)
かつては普通に用いられた表現だが、現代社会においては、「見る」の謙譲語「拝見する」に対してさらに「いたす」をつける必要はなく、「拝見します」で十分である。
謙譲語+れる・られる [編集]
決して新しい表現ではなく、古典文学[1][2]から明治期の文学[3][4]、そして現在に至るまで使い続けられてきたものだが、敬語の理論を機械的に当てはめると矛盾した表現としても解釈できるため誤りとされることがある。古典で使われる場合は二方向敬語であると解釈する。最近ではその用法でない場合がある。例えば、下の森鴎外の例などは二方向敬語とは解釈できない。
拾得さんはいつごろから当寺におられますか。(大正5年、森鴎外『寒山拾得』)
「いる」の謙譲語「おる」+尊敬を表す助動詞「れる」。この表現を誤りと見る人もいる。
ある日山から虎に騎って帰って参られたのでございます。(同上)
「来る」の謙譲語「参る」と尊敬の助動詞「れる」を接続した表現で、誤りとする人もいる。誤りだと言われないためには「いらっしゃる」が無難。「帰って」きたわけなので、二方向敬語と解釈すると自らを敬っていることになってしまう。
その講師の申されるのを聞けば、どのやうな破戒の罪人でも、阿弥陀仏に知遇し奉れば、浄土に往かれると申す事ぢや(大正10年、芥川龍之介『往生絵巻』)。
「言う」の謙譲語「申す」と尊敬を表す助動詞「れる」を接続した表現で、誤りとする人もいる。誤りだと言われないためには「おっしゃる」が無難。
形容詞・動詞+です [編集]
丁寧な断定の助動詞「です」が形容詞や動詞に接続することが誤った用法とされることがある。このうち「おもしろいです」のように形容詞に接続したものについては、昭和27年の国語審議会『これからの敬語』により「合法化」された。動詞に接続したものについては『これからの敬語」でも合法化されず「ます」を接続するのが正しいという感覚をもつ者が多い[要出典]。
一体生徒が全然悪るいです。(明治39年、夏目漱石『坊っちゃん』)
それで君が上がられれば、これほど都合のいい事はないと思うですがね。(同上)
好いですか? 妙子を囲んでいるのは寂しい漢口(ハンカオ)の風景ですよ。(大正13年、芥川龍之介『或恋愛小説』)
「〜させていただく」の濫用 [編集]
上記の「さ」入れ言葉以前の問題として、誰かの許可を得て何かを「させていただく」わけでない場面で、単に「いたす」の代用として「~させていただく」と言うこと自体を嫌う向きもある。形式的にだが、反対する余地を残した言い方をすることで、高圧的な印象を薄める、同意を得て進行するという印象を持たせる、という意識が働いているわけで、これはいろいろな敬語表現に共通する発想であるとあまり否定的な評価をしない見解もある。さらに、一見、反対する余地を与えるような表現をしながら結果的には一方的に進めていくこと自体があまりに形式的として反発する向きもある。使役動詞の「させる」にへりくだるための謙譲語「いただく」をつけた言葉であるため、平等社会にふさわしくない奴隷語の一種であるとして強く批判する意見もある。元は関西地方の表現であり(伝統的に関西ではへりくだった遠回しな表現を好む傾向がある)、関西ではそれほど「させていただく」の多用が問題視されていない(奥山益朗『日本人と敬語』「させていただく」, 東京堂, 1972年)。
例:
×それでは閉会させていただきます。(「誰も閉会していいとは言ってない」「嫌だと言ったら閉会を取り止めるのか」などとして「閉会いたします」が正しいとする人もいる)