2009年06月20日

MRIについての歴史は核磁気共鳴画像法(MRI)

1936年 コルネリウス・ゴルテルがミョウバンとフッ化リチウムの結晶を用いてNMR信号の検出を試みるが失敗。
1938年 イシドール・ラビが塩化リチウムの分子線を用いてNMR信号を検出することに成功。(1944年ノーベル物理学賞受賞)
1942年 コルネリウス・ゴルテルが論文中で初めてNuclear Magnetic Resonanceの言葉を使用した。
1946年 エドワード・パーセルがパラフィン、フェリックス・ブロッホが硝酸鉄(III)水溶液を用いて凝縮系のNMR信号を検出することに成功。(1952年ノーベル物理学賞受賞)
1950年 硝酸アンモニウムの窒素のNMR信号が2つの周波数を持つこと、すなわち化学シフトが発見される。すぐに水素やフッ素でも化学シフトが発見された。また、六フッ化アンチモン酸ナトリウムのアンチモンのNMR信号が分裂していることも発見された。これはスピン結合の発見である。これらはNMR分光法の端緒となった。
1950年 アーウィン・ハーンがスピンエコー法を発見。
1953年 アーノルド・オーバーハウザーがオーバーハウザー効果を理論的に予測。すぐに効果の実在が確認され、NMR分光法の感度向上や立体配置の決定に利用されるようになった。

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1954年 久保亮五、冨田和久らにより線形応答理論に基づいたフーリエ変換NMRの基礎理論が提唱された。
1956年 ウェストン・アンダーソンが多量子遷移の観測に成功。
1957年 フッ化カルシウムを用いてフーリエ変換NMRがはじめて測定された。
1958年 レイモンド・アンドリューがマジック角回転法を提唱。高分解能固体NMRの測定が可能となった。
1962年 スヴェン・ハートマンとアーウィン・ハーンがハートマン・ハーン効果を発見。
1965年 高速フーリエ変換(FFT)のアルゴリズムが実用化される。
1966年 リヒャルト・エルンスト、レイモンド・アンドリューによりフーリエ変換NMR分光法が確立する。(1991年にエルンストはノーベル化学賞受賞)
1971年 ジーン・ジェーナーが講演で2次元NMRのアイデアを提案する。
1976年 リヒャルト・エルンストが2次元NMRを測定する。
1983年 フランク・ヴァンデヴェンら、オーレ・ソレンセンらのグループにより直積演算子法が導入された。
1997年 クルト・ヴュートリッヒによりTROSYが提唱された。高分子の高分解能測定が可能となった。(2002年ノーベル化学賞受賞)

2009年06月02日

フランスには160人の死刑執行人と

ギロチンが登場するまで、フランスには160人の死刑執行人と、3,400人の助手が存在していた。これが、ギロチンの導入後は減少の一途を辿り、1870年11月には、1人の執行人と5人の助手が、フランス全土の処刑を一手に担うようになった。
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フランスでは、第二次世界大戦直前の1939年まで、ギロチンによる公開処刑が行なわれていた。 しかし、フランス革命でのギロチンがあまりにもやり過ぎた反省からか、その後は積極的に目立った場所でやらなくなり、 1800年代には刑務所の門前で早朝に実施するようになり、広場などで白昼堂々と行う事はなくなっていた。 1939年6月17日にジュール=アンリ・デフルノーによってパーセイルズで行われたドイツ出身の殺人犯オイゲン・ヴァイトマン(Eugen Weidmann)の死刑執行が最後の公開処刑となった。この処刑は盗撮され、映画館で公開された。これに問題を感じた法務省は、以降の死刑執行を非公開に切り替える事になる。そのため、これがフランスにおいて唯一映像に記録されたギロチンによる処刑映像となった。

ギロチンは一見残酷なイメージだが、導入の経緯から欧州ではむしろ人道的な死刑装置と位置づけられており、使用されなくなったのは比較的近年のことである。フランスでは死刑制度自体が廃止される1981年9月までギロチンが現役で稼動していた。フランスで最後にギロチンによって処刑されたのは、女性を殺害した罪に問われた、ハミダ・ジャンドゥビ (Hamida_Djandoubi) というチュニジア人労働者であり、1977年9月10日にフランス最後の死刑執行人(ムッシュ・ド・パリ)であるマルセル・シュヴァリエによって刑が執行された。これがフランスでギロチンが公式に使用された最後の例である。

ドイツ帝国(1871年~1918年)で1872年に改良型のギロチンが採用されて以来、ワイマール共和国(1919年~1933年)からナチス・ドイツから西ドイツで死刑制度が廃止されるまで使用され続けた。 特にナチス・ドイツ時代の1933年~1945年にかけては16,500人がギロチンにかけられ、史上最多を極めた。ナチス占領下のフランス・ポーランド・オーストリアでは、ヨハン・ライヒハートという執行人によって2,948件のギロチン処刑が執行されているが、これは1870年から1977年までのフランスでの処刑件数よりも多いという。皮肉にも、3,000人近い人間に死刑命令を出したナチス高官は戦後に戦犯としてライヒハートによって処刑されている。 西ドイツになってから1949年に死刑制度が廃止されるまで使用され続けた。

東ドイツでもギロチンが使用されていたことが報告されていたが、1990年のドイツ統一に伴い廃止された。

フランス革命の時代にフランスに併合されるとフランス領としてフランスの法律によるギロチンによる死刑が制定され、独立後も1977年9月10日に行われた最後の死刑執行まで使用され続けた。

現在ではヘントにあるフランドル伯の城にギロチンが展示されている。

1900年以降になってギロチンを導入した、それ以前は斧による斬首刑がおこなわれていた。 しかし、1910年11月23日に行われたヨハン・アルフレッド・アンデの死刑が最期の死刑となったため、スウェーデンではたった一回しか使われなかった。

アルジェリアやベトナムなどフランスの植民地でも使用されていた。

ギロチンは公開処刑で使用されることが多く、19世紀のフランスでは大勢の市民がギロチンによる公開処刑を娯楽として楽しんでいた。有名な愛好家の名前も知られている。

ギロチンによる公開処刑が有名になると、ギロチンのミニチュアが玩具として販売されるようになり、子どもたちが捕まえてきた生きた鳥やネズミの首を切り落として遊んだ。ゲーテが5歳になる自分の子どものためにギロチンの玩具を買ってくれるように母親に送った手紙が現存している。なお、ゲーテの母親はこの依頼を憤然と拒絶している。

ギロチンの製造権はトビアス・シュミットが独占していたため、このような玩具のギロチンもトビアス・シュミットしか製造することが出来なかった、トビアス・シュミットはギロチン利権で財産を築いている。 そのため、フランス革命の裏ではギロチンの権利を巡るギロチン利権争いとも言うべき物が起きていた。

フランス革命200周年記念式典などのイベントでギロチンの実演が行われることが現在でもある。 ただし、実演と言っても切られるのは藁人形である。

2009年04月29日

金座

金座(きんざ)とは、江戸幕府において金貨鋳造あるいは鑑定・検印を行った場所あるいは組織。

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文禄4年(1595年)、徳川家康が京都の金匠後藤庄三郎光次に命じ江戸で小判を鋳造させた時に始まる。江戸幕府成立後は勘定奉行の支配下に置かれて、江戸本石町に役宅が設置された。

金座成立以後、後藤家は御金改役(ごきんあらためやく)として本石町の役宅において金貨の鑑定と検印のみを行い、実際の鋳造は小判師(こばんし)などと呼ばれる職人達が行っていた。小判師達は小判座(こばんざ)と総称され、後藤宗家が居住していた本石町の金座役宅の周辺に施設を構えてその支配下に置かれていた。このため、御金改役を世襲した後藤宗家を小判座(小判師職人)の元締という意味を込めて特に大判座(おおばんざ)とも呼んだ。だが、管理の厳格化と小判師の分散化を防止するために元禄11年(1698年)に邸外の鋳造施設を廃止して金座役宅(後藤宗家邸)の敷地内に鋳造施設を設置して、以後江戸での金貨鋳造はここでのみ行うことになった。更に明和2年(1765年)以後には小額の銅銭鋳造の業務を銀座と分担して行うようになった。なお、後藤家は宗家が文化7年(1810年)に役目に不正があったとして取り潰され、後任の御金改役を命じられた分家も弘化2年(1845年)に幕府批判をした[1]として取り潰された。そこで江戸に帰還を許されていた旧宗家の末裔が再興を許されて御金改役に復帰して幕末まで金座を管理していた。

当初は江戸以外にも駿府・京都・佐渡(後には甲府)にも置かれたが、後に江戸に一本化された。ただし、寛政3年(1791年)に鋳造を停止された京都・姉小路車屋町にあった金座はその後も廃止されず、禁裏御用の金細工及び上方における金職人統制などを後藤家の支配に従って幕末まで行っている。また、佐渡と甲府の金座も文政年間までは鋳造が行われていた。

公式には慶応4年4月17日(1868年5月9日)に官軍によって江戸の金座・銀座が占領された時に廃止された。ただし、実際には接収された金座は新政府貨幣司の統制下となり明治政府の軍費支払に充てるために翌年2月まで新政府が用いる金貨を鋳造していたが、改税約書違反の悪質な金貨を鋳造していた事実が明らかとなったために諸外国からの抗議を受け、明治政府が太政官札への全面切り替えと新しい造幣施設建設を決めたために廃止された。

金座の跡地である現在の東京都中央区の日本銀行の周辺には金座通りという道路が存在する。また、静岡市には、現在も小判が鋳造された場所が金座町という町名として残っている。同様に、銭座町という町名も存在する。

明和2年(1765年)以降は金座および銀座が鋳銭事業を兼任することになり、それまで主に民間の商人による請負事業であった銭座が金座の統制下に置かれる事となった。特に天保6年(1835年)に御金改役の後藤三右衛門光亨の建策により発行された天保通寳は金座主導により鋳造された。この天保通寳の裏側には金座の後藤庄三郎光次の花押が鋳出されている。

2009年04月14日

延 岑(えん しん)

延 岑(えん しん、? - 36年)は、中国の新代から後漢初期にかけての武将。字は叔牙。荊州南陽郡筑陽県の人。義父は秦豊。義兄弟は田戎。初期は主に漢中や荊州南陽郡を活動地域とした新末後漢初の群雄の1人で、後に蜀(成家)の公孫述配下となった。光武帝の天下統一事業に最後まで抵抗した闘将である。

延岑は『後漢書』で立伝されておらず、公孫述伝に付随する形で若干その経歴が記載されているが、その出身階層や初期の事跡等については、明らかでない部分が多い。更始1年(23年)、冠軍(南陽郡)で延岑は更始帝(劉玄)配下の劉嘉に敗れて降伏したとあるが、延岑が官軍に属していたか、それとも独立した群雄の1人(あるいはその部将)だったかは、不詳である。

その後、建武2年(26年)、南鄭(漢中郡)で再度叛乱[1]し、劉嘉を破って南鄭を占領した。2月には武安王を自称している[2]。延岑は劉嘉を追い、北西の武都郡に入るが、更始柱功侯李宝に敗れ更に北の天水郡に逃げる。空いた南鄭は公孫述の将侯丹が押え、劉嘉が李宝を相となして撃つも下せなかった。よって劉嘉・李宝は河池・下弁(いずれも武都郡)に駐屯し、延岑としきりと戦い、延岑は散関から三輔に入り、劉嘉・李宝も追った。陳倉(右扶風。長安の西方)で劉嘉・李宝に敗れた延岑は東進して杜陵(京兆尹。長安の南東)を根拠地とし、劉嘉・李宝は赤眉軍の廖湛を滅ぼして雲陽(左馮翊。長安の北西)に駐屯した。

同年9月、延岑は李宝と連合し[3]、杜陵で赤眉軍の逄安が率いる大軍を撃破した。また藍田(京兆尹)で漢の大司徒鄧禹の攻撃を受けたが、延岑はこれを撃退している。翌建武3年(27年)4月、延岑は馮異に上林苑(右扶風)で撃破され、馮異の連絡により鄧曄・于匡にも析県(弘農郡)で迎撃を受け、敗走した。

南陽の戦い [編集]
同年6月、漢軍の耿弇と穣県(南陽郡)で戦って敗北した。その後、時期は不明だが[4]、延岑は黎丘郷(南郡邔県)に拠って楚黎王を自称していた秦豊に帰順し、夷陵(南郡)で活動していた当時の群雄の1人田戎と共に、秦豊の娘を妻とする。この年末、秦豊配下の部将張成と共に、光武帝の将朱祜・祭遵と東陽聚(南陽郡)に戦ったが、敗北して張成は斬られ、延岑は秦豊の下に逃れた。さらに建武4年(28年)2月、延岑は順陽(南陽郡)を攻撃したが、鄧県(南陽郡)で鄧曄・于匡を率いた鄧禹と戦って敗北し、更に追撃を受けた武当(南陽郡)でも敗北し、いったん漢中へ敗走している。

公孫述への服従と漢中での敗北 [編集]
建武5年(29年)6月に秦豊が滅亡すると、田戎と共に蜀の公孫述に降った。公孫述は延岑を大司馬に任命し、さらに汝寧王に封じた。建武6年(30年)、公孫述の配下である騎馬都尉荊邯は延岑・田戎をして二方向からの進撃を奏上し、延岑・田戎も逸る。しかし周囲が止め、また公孫述自身も延岑・田戎に猜疑心を抱いたため、漢への攻撃は取り止めた[5]。

この年の夏、光武帝の将李通が王覇・侯進を引き連れ、漢中の延岑を撃ち[6]、公孫述は西城(漢中郡)に延岑への救援を送るも破られた。隴西の隗囂には、延岑・田戎以外の公孫述配下の諸将が救援に送られたものの、建武9年(33年)に隗囂が死去し、翌建武10年(34年)には隗囂の子隗純が降伏して、隴右は漢の支配下となった。

男児当に死中に生を求むべし [編集]
建武11年(35年)8月、延岑は呂鮪、王元、公孫恢と共に、広漢(広漢郡)・資中(犍為郡)で漢軍の岑彭を迎撃した。しかし岑彭は、副将の臧宮らを正面の延岑らに当たらせる一方で、大胆な迂回・奇襲作戦をとる。まず岑彭は、黄石灘(巴郡涪陵県)を守る侯丹を撃破し、さらに延岑らの軍の後背地である武陽(犍為郡)を速攻で攻略し、廣都(蜀郡)に精鋭騎兵を遣わして、成都まで数十里の地点まで迫った。公孫述は、平曲(巴郡)に漢軍がいると聞いて、延岑らにこれを迎撃させようとしていたが、岑彭が延岑軍の後方に現れたため、驚き慄いている。一方の延岑自身も、臧宮と沈水で戦ったが大敗した。

翌建武12年(36年)9月、成都に追い詰められた公孫述から対策を相談され、延岑は「男児当に死中に生を求むべし(原文「男児当死中求生」)、財物を惜しむべきではありません」と進言する。そして、公孫述の私財で決死隊5千人余りを集め、蜀討伐軍の総大将を務める大司馬呉漢を市橋で奇襲してこれを破り、一矢を報いた。この時の呉漢は落水してしまい、馬の尻尾につかまってやっと脱出したという。

同年11月、延岑は、成都城北側の咸門を攻撃してきた漢軍の臧宮と戦い、3戦して3勝した。しかし公孫述が戦闘で重傷を負い、公孫述は延岑に後事を託して死去する。公孫述の死の翌日に、延岑は呉漢に降伏したが、赦されることはなく、族滅された。

人物像その他 [編集]
延岑は、当時においても用兵に優れた武将として評判が高く、同時期に活躍した蘇茂からも、その軍事能力の高さを認められていた。また、公孫述に述べた言「死中に生を求む」は、故事成語として、現代でも死語とならずに用いられている。

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2009年03月30日

アクセントに関するもの

名詞アクセントの平板化 [編集]
かつて起伏型に発音されていた名詞が平板型に発音されるようになる現象。

一般に新語や外来語は後ろから3番目の音節にアクセント核が置かれる。使用頻度が低いうちはそのままのアクセントが保たれるが、使用頻度が高くなると発音に要するエネルギーの低い平板型に移行する傾向がある[要出典]。
ユーロ ドラゴン セカンド ナビラッコ バリヤ サーチ天延 セスカーナ ユッカ 京いも パレス レオタガ オマーン フライト リポジ ピンク チャコール サドルシ ライト じゃじゃん シキミ エッジ カチュ クロロ 学園天国 ソワレ ダイレーザ ハンサム シート ニアピン ロハス ラナン ソコン かすかわ 星のフラ シューズ フーズ トレーサー ターピース ルカラー 天羽 シャープ パオトウ くずまき マミー スウェ フォトカ そけい メトニミ フランス スリーエム

例:レコード → レコード
ファイル → ファイル
外来語を中心に日々増える新語の多くは起伏型であり、また後述するように動詞については近年起伏型に発音される傾向が強い。せめて定着した名詞は平板化しなければ起伏型ばかりになって発音しにくくなってしまうとする意見もある[要出典]。

一方、使用頻度が低い語や、特殊な語と意識される語では、平板型(あるいは尾高型)から起伏型に移行する現象も見られるが、こちらはあまり問題にされない[要出典]。

例:再現 - さいげん → さいげん
2月 - にがつ → にがつ / 4月 - しがつ → しがつ
国会-こっかい → こっかい 

用言アクセントの起伏化 [編集]
用言のアクセントについては名詞とは逆に起伏型に移行する傾向がある。

動詞はアクセントの点で、

終止形が起伏型に発音されるもの(原則として2拍語は頭高型と中高型。3拍語では中高型が多いが、「CVVCV」の構造を持つ以下の6語頭高型になる。"入る、参る、帰る、返す、通る、通す"。4拍語以上は中高型。全体を通して、尾高型は2拍の頭高型や3拍以上の中高型が、母音の無声化によってアクセント核が後部に1拍ずれた場合を除けば存在しない。例:「吹く」の「ふ」の無声化)。※C=consonant V=vowel
終止形が平板型に発音されるもの
の2つに分類されるが、かつて (2) に属していた動詞が (1) に移行する傾向が近年強まっている。特に複合動詞で特にこの傾向が強い。保守的なアクセントを用いると考えられているNHKのアナウンサーでも既にかなりの揺れが見られる。

例:複合動詞
立ち寄る - たちよる → たちよる
持って行く - もっていく → もっていく
単純動詞
はしゃぐ - はしゃぐ → はしゃぐ
養う - やしなう → やしなう
また、形容詞のアクセントも同様に2つに分類されるが、もともと(2)に属する語が少ないこともあって、(1)のように発音される傾向がある。

例:宜しい - よろしい → よろしい
くすぐったい - くすぐったい → くすぐったい
(2) に属する語は以下のとおり[4]
「赤い」「浅い」「厚い」「甘い」「荒い」「薄い」「遅い」「重い」「堅い」「軽い」「きつい」「暗い」「けむい」「つらい」「遠い」「眠い」「丸い」「明るい」「危ない」「怪しい」「いかつい」「おいしい」「重たい」「悲しい」「黄色い」「けむたい」「冷たい」「眠たい」「平たい」「優しい」「宜しい」「くすぐったい」「難しい」

敬語に関するもの [編集]
日本語の誤用(敬語に関するもの)も参照されたい。

二重敬語 [編集]
尊敬語や謙譲語を重ねる表現。万葉集の時代から第二次世界大戦に至るまで天皇などに対しては積極的に使われ、また口語では天皇など以外に対しても用いられた。「いらっしゃる」(<いらせらる<いる+尊敬の助動詞「す」+尊敬の助動詞「らる」)や「思し召す」(思うの尊敬語「思す」+尊敬語「召す」)のように、二重敬語が慣用化して一語になったものも古くからある。

戦後になって、敬語の簡略化を目指した政府により、これからの平等社会には相応しくないとされるようになった。特に皇室関連では、それまで通例であった二重敬語が意識的に排除された。

一般に日本語の規範と考えられているNHKアナウンサーも、中立性を求められるNHKが皇族を過剰に敬ってはならないので皇族に対しては二重敬語を使わないようにしているものの、それ以外ではしばしば使っている。ただし、敬語の使い方を特に取り上げた番組では、誤りではないが好ましくない敬語として扱う。

その年の夏、御息所、はかなき心地にわづらひて、まかでなむとしたまふを、暇さらに許させたまはず。(『源氏物語』)
「許す」に尊敬の助動詞「す」を接続させたところへ更に尊敬の補助動詞「給ふ」を接続させている。古典文学において二重敬語は、地の文では天皇などに対する最高敬語として用いられる。会話文では天皇以外に対しても幅広く用いられる。

家のだんなさまが、お前さんに会いたいから、つれて来いと、おっしゃられた。(昭和23年、菊池寛『アラビヤンナイト』)
かつては普通に用いられた表現だが、現代社会においては、尊敬語「おっしゃる」と尊敬を表す助動詞「れる」を二重に用いるのは過剰で、「おっしゃいました」または「言われました」が相応しい。

お葉書、拝見いたしましたが、ぼくの原稿、どうしても、――だめですか?(昭和12年、太宰治『二十世紀旗手』)
かつては普通に用いられた表現だが、現代社会においては、「見る」の謙譲語「拝見する」に対してさらに「いたす」をつける必要はなく、「拝見します」で十分である。

謙譲語+れる・られる [編集]
決して新しい表現ではなく、古典文学[1][2]から明治期の文学[3][4]、そして現在に至るまで使い続けられてきたものだが、敬語の理論を機械的に当てはめると矛盾した表現としても解釈できるため誤りとされることがある。古典で使われる場合は二方向敬語であると解釈する。最近ではその用法でない場合がある。例えば、下の森鴎外の例などは二方向敬語とは解釈できない。

拾得さんはいつごろから当寺におられますか。(大正5年、森鴎外『寒山拾得』)
「いる」の謙譲語「おる」+尊敬を表す助動詞「れる」。この表現を誤りと見る人もいる。
ある日山から虎に騎って帰って参られたのでございます。(同上)
「来る」の謙譲語「参る」と尊敬の助動詞「れる」を接続した表現で、誤りとする人もいる。誤りだと言われないためには「いらっしゃる」が無難。「帰って」きたわけなので、二方向敬語と解釈すると自らを敬っていることになってしまう。
その講師の申されるのを聞けば、どのやうな破戒の罪人でも、阿弥陀仏に知遇し奉れば、浄土に往かれると申す事ぢや(大正10年、芥川龍之介『往生絵巻』)。
「言う」の謙譲語「申す」と尊敬を表す助動詞「れる」を接続した表現で、誤りとする人もいる。誤りだと言われないためには「おっしゃる」が無難。

形容詞・動詞+です [編集]
丁寧な断定の助動詞「です」が形容詞や動詞に接続することが誤った用法とされることがある。このうち「おもしろいです」のように形容詞に接続したものについては、昭和27年の国語審議会『これからの敬語』により「合法化」された。動詞に接続したものについては『これからの敬語」でも合法化されず「ます」を接続するのが正しいという感覚をもつ者が多い[要出典]。

一体生徒が全然悪るいです。(明治39年、夏目漱石『坊っちゃん』)
それで君が上がられれば、これほど都合のいい事はないと思うですがね。(同上)
好いですか? 妙子を囲んでいるのは寂しい漢口(ハンカオ)の風景ですよ。(大正13年、芥川龍之介『或恋愛小説』)

「〜させていただく」の濫用 [編集]
上記の「さ」入れ言葉以前の問題として、誰かの許可を得て何かを「させていただく」わけでない場面で、単に「いたす」の代用として「~させていただく」と言うこと自体を嫌う向きもある。形式的にだが、反対する余地を残した言い方をすることで、高圧的な印象を薄める、同意を得て進行するという印象を持たせる、という意識が働いているわけで、これはいろいろな敬語表現に共通する発想であるとあまり否定的な評価をしない見解もある。さらに、一見、反対する余地を与えるような表現をしながら結果的には一方的に進めていくこと自体があまりに形式的として反発する向きもある。使役動詞の「させる」にへりくだるための謙譲語「いただく」をつけた言葉であるため、平等社会にふさわしくない奴隷語の一種であるとして強く批判する意見もある。元は関西地方の表現であり(伝統的に関西ではへりくだった遠回しな表現を好む傾向がある)、関西ではそれほど「させていただく」の多用が問題視されていない(奥山益朗『日本人と敬語』「させていただく」, 東京堂, 1972年)。

例:

×それでは閉会させていただきます。(「誰も閉会していいとは言ってない」「嫌だと言ったら閉会を取り止めるのか」などとして「閉会いたします」が正しいとする人もいる)

2009年03月16日

清盛は高倉院政の開始に当たって

清盛は高倉院政の開始に当たって、高倉とともに安芸国厳島への社参を行った。しかしこれは、代替わりに石清水八幡宮・賀茂神社へ社参するという慣例に反するものであり、園城寺・興福寺などは一斉に清盛へ反抗の姿勢を見せ始めた。反清盛の気運が高まる中、治承4年(1180年)4月には以仁王(後白河の第2皇子)が平氏追討の令旨を発し、源頼政と結んで挙兵した。しかし清盛は迅速に対応し、平氏軍は以仁王と頼政をすぐに敗死へ追い込んだ。しかし叛乱に興福寺や園城寺などの有力寺院が与したことから、清盛は平氏にとって地勢的に不利な京都からの遷都を目指して福原行幸を決行した。

ところが高倉上皇が平安京を放棄しない意向を示すなど、この遷都計画は貴族らに極めて不評であり、朝廷内部に清盛への反感が募っていった。さらに、以仁王の令旨を受けて、東国の源頼朝、源義仲、源信義(甲斐源氏)らが相次いで反平氏の兵を挙げ、さらに多田源氏、美濃源氏、近江源氏、河内の石川源氏、九州の菊池氏・紀伊熊野の湛増・土佐の源希義らも反平氏の行動を始めていた。こうした反平氏の動きの背景には、平氏が現地勢力を軽視して自らの家人や係累を優先して平氏知行国や平氏所領の支配に当たらせていたことへの反発があった。特にクーデターで国司が交代した上総・相模では、頼朝の下に武士たちが瞬く間に集結して一大勢力を形成しており、清盛は孫の平維盛に追討軍を率いさせたが、富士川の戦いであえなく敗走してしまった。

福原への行幸以降、貴族の不満も高まり、高倉上皇の健康が悪化していくなか、親清盛派の延暦寺(彼らは園城寺や興福寺と敵対関係にあったが、遷都には不満を抱いていた)などからの要望を契機として、福原行幸から半年後の11月、清盛は福原から京へ戻った。翌12月、園城寺・興福寺などが反平氏の挙兵を行ったため、清盛は断固とした態度で臨み、知盛率いる軍は園城寺を焼き払い近江源氏を撃破、重衡率いる軍も南都の諸寺を焼き払って荘園を没収した。これにより畿内周辺の叛乱はひとまず沈静化した。

治承5年(1181年)1月、高倉上皇が死去し、後白河院政が再開されたが、畿内に臨時の軍政を布くべしという高倉の遺志に基づいて、清盛は子の平宗盛を畿内周辺を直接管領する惣官に任じた。この惣官職は、畿内近国を軍事的に直轄支配することを目的に設置されたもので、平氏政権の武家政権としての性格を如実に表しており、平氏政権が本格的な武家政権へ成長していく可能性をここに見出しうると、学界では考えられている。清盛はこれにより京の富裕層から兵粮を徴収すると同時に、伊勢周辺の水軍に動員をかけて、反平氏勢力の追討に意欲を燃やしていたが、同年閏2月に熱病で急死し、平氏政権は大きな打撃を受けた。

清盛の死後、跡を継いだ宗盛は後白河との融和路線を採り、各地の叛乱も平氏の反撃と養和の大飢饉で小康状態となった。しかし、寿永2年(1183年)5月に源義仲の軍が北陸から一気に京へ進軍すると、義仲軍に主力を壊滅させられていた平氏は、ついに安徳天皇を伴って京を脱出し大宰府に下向するが、豊後の武士・緒方維栄に撃退され屋島にたどり着いた。この時点で平氏政権は、貴族社会に形成してきた基盤を捨て、西国の地方政権へと転落した。後白河は平氏と行動を共にせず、京に残って孫の後鳥羽天皇を即位させたが、これにより天皇が2人存在するという未曾有の事態となった。

平氏は、西国の勢力を再編成して軍の再建を進め、瀬戸内沿岸で義仲軍を徐々に押しやり、寿永3年(1184年)1月に義仲が頼朝政権軍(源範頼・源義経軍)に滅ぼされる頃には福原を回復するまでに至っていた。平氏は、後白河の仲介による京への復帰を目指していたが、後白河にすれば平氏が政権に復帰することになれば再び院政停止・幽閉となる危険性があり、和平はありえなかった。平氏は半ば騙し討ちを受けた形で一ノ谷の戦いに敗北し、西下していった。

その後、平氏は西国の諸勢力を組織して戦争に当たっていたが、元暦2年(1185年)3月、関門海峡での最終決戦(壇ノ浦の戦い)で源義経軍に敗れて滅亡し、平氏政権は名実ともに消滅した。


意義と評価 [編集]
平氏政権は、今日では日本史上初の武家政権と考えられている。

『平家物語』や『愚管抄』など同時代の文献は、平氏滅亡後に平氏政権に抑圧されてきた貴族社会や寺社層の視点で描かれてきたものが多い。従って、後白河法皇が自己の政権維持のために平氏を利用して、高い官職を与え知行国を増やさせてきたという経緯や当時の社会問題に対する貴族社会の対応能力の無さという点には触れず、清盛と平氏一門がいかに専横を振るい、「驕れる者」であったかを強調している(だが、実際には少なくても治承3年以前における平氏の権力は後白河との強い関係の下で行使されたものが大半であり、その段階において清盛及び平氏一門が独裁的権力を有していたという具体的な事実は存在していない)。そのため、以後の歴史書もこの歴史観に引きずられる形で「平氏政権観」を形成していった。

こうした背景を受けて以前の学界では、平氏政権が貴族社会の中で形成されたことに着目して、武家政権というよりも貴族政権として認識されていた。貴族社会の官職に依存していること、院政と連携して政策推進を行っていたこと、などがその理由である。そのため、平氏政権は、武士に出自しながら旧来の支配勢力と同質化してしまったと批判されたのに対し、在地領主層=武士階級から構成される鎌倉幕府は、旧来の支配階級を打倒した画期的・革新的な存在だとして、階級闘争史観などにより高く評価されていた。こうした歴史像に基づく記述が、21世紀初頭まで一部の辞書などに残存していた。

しかし、1970年代・1980年代頃から、史料に基づく実証的な研究が進んでいくと、平氏政権も鎌倉幕府に先立って武家政権的な性格を呈していたことが判明するようになった[1]。史料によれば、平氏政権は支配地域の勢力を武士として系列化し、知行国・荘園に国守護人・地頭などといった従来あまり見られなかった職を置いて、半軍事的な支配を進めた。関係史料が少ないため、平氏政権における国守護人・地頭の設置とそれに伴う支配の深化がどれほど進んでいたかは、必ずしも明らかとなっていないが、学界では、これら国守護人・地頭は、後の鎌倉幕府における守護・地頭の先駆的な存在だと考えるようになっている。また治承5年(1181年)に設置した畿内惣官職や諸道鎮撫使は、これもその職能の詳細は不明な点もあるが、数か国にわたる広い領域を軍事的に直轄支配するものと見られており、特に畿内惣官職は征夷大将軍と同様の性格を見出しうるとする見解もある。このように、平氏政権は従来の貴族政権と異なり、武力に大きな基盤を有していたことが明らかとなり、学界では日本最初の武家政権とするのが通説となっている。なお、元暦2年(1185年)滅亡することがなければ、平清盛の政権は鎌倉幕府とはまた違った、西国を中心とした独自の武家政権へ成長したのではないかとの可能性も指摘されている。

平氏政権は清盛という一個人に大きく依存しており、清盛の死から数年のうちに瓦解に至った。また、前述したように、後白河との良好な関係に依存するところも大きかった。院政期は律令制に代わり、院を頂点とした主従制的関係が形成され、官職や土地を恩給として臣下に与えて奉仕させるようになり、知行国・荘園制度が確立していった時期だった。保元の乱で摂関家が事実上壊滅し、平治の乱で源義朝などの有力武士が淘汰されると、平氏の勢力は他より突出することになった。
むろら バイラ プラズマ スプロー ディスト ラリー シリンダー ペツォ メイドカ 検索いふ スワン マンサク アーモンド オーバー カミソール セルフレ ワイウク 氷の世界 リット ジャムパン マンナ ロファ ターニュ トウチク ゴデチア ぽっぽ 幸せ ハードカレ キューム パイソオ セクレ リファンド お猿岩 鳳仙花 スタート マテハン めんか キャンベラ タメ口 ブリーフス シオン 最新検索 アフレコ モダンジ ストマイ ライン フローベ ウィザード ちとう ディエフ

治承三年の政変により平氏政権は完成されたかに見えたが、それは平氏と反対勢力の全面衝突をもたらした。平氏の軍制の欠陥は、直属部隊が伊勢・伊賀の重代相伝の家人・「私郎従」と呼ばれる諸国の特定武士だけで、兵の大部分を公権力の発動によって動員する形態を採っていたことにある。都落ちして平氏追討宣旨が下された時点で、平氏に従う兵は僅かになっていた。安徳天皇を擁していてもその即位はクーデターによるものであり、平氏が自己の立場を正当化することは困難だった。平氏は成す術もなく敗北を繰り返し滅亡する。王朝政権の接収・大々的な外交の展開といった清盛の構想が実現したのは、平氏が滅亡してからおよそ200年後、足利義満の時代だった。

2009年02月26日

バイオハザード CODE:Veronica

アメリカ中西部の街ラクーンシティから脱出して3ヶ月後、クレア・レッドフィールドは行方不明の兄の僅かな手がかりを頼りにヨーロッパへ向かうが、アンブレラのビルに忍び込んだところで捕まってしまい、絶海の孤島「ロック・フォート島」に閉じ込められる。果たしてクレアは兄と再会できるのだろうか。
ライバ デッサン シーソーゲ ニーメイ ピーツ ハンチョウ リチャー ムース ディー ガイドモフ サプライズ トドマ シャベル バスレーン ローラー きざらし ヤコブ 風雷坊 コムサ プラトン シッダー ワンマ ガスマス ユーコ タウン憂山 フィナス フラワー 月のうさぎ ボリー フィア プロジェク シャム プレー ロブノー フレア シャフト モニカ シエラ キチン リング ビーエス ローシルク リーク スペード イマン バスガド サーチ予言 フラスコ スカルプ ジョイント

第2作『バイオハザード2』の3ヶ月後を描いた出来事。プレイヤーはゲーム前半はクレアを、後半はクリスを操作してバイオハザードが発生した施設からの脱出を目的とする。タイトルナンバーは付いていないが、時系列的に捉えれば、『2』と同時進行する別の事件を描いていた『バイオハザード3』よりも続編らしいといえる。

当初は「ドリームキャストのみで発売されるバイオ」という触れ込みであったが、のちにアルバート・ウェスカーが活躍するムービーの追加など様々な改修が行われた完全版が他機種に展開された。完全版ではシステムの変更は無い。

シリーズ作品の中でもストーリーが長い部類に入る。

システムの特徴・概要など
2丁拳銃の登場、プラットフォームをドリームキャスト、プレイステーション2、ゲームキューブに移したことによるグラフィックの向上、「固定カメラ」視点から「移動カメラ」視点への変更などが主な特徴である。

従来の作品でも一時的に操作するキャラクターが変わったり、同時に行動していた別のキャラクターを操作するという事はあったが、本作では前半のクレアと後半のクリスに完全に2分されており、アイテムもアイテムBOX(アイテムを保管する場所)を通して共有している。クレアとクリスの操作のキャラ交代のとき、クレアにアイテムを持たせたままにすると持ち逃げ状態となり、クリスの手元(アイテムBOX)には戻ってこない。よって、強力な武器がなくなることもありうる。逆に強力な武器をアイテムボックスに残しておけば、クリス編は有利となるが、クレア編の最後にはボス戦があるので注意が必要である。また、ストーリーの長さの割にハーブや弾薬の入手機会が少なめで難易度はシリーズの中では高い部類に位置する。

ナイフの攻撃力や部位破壊などの武器に関しての仕様や演出が一部従来のシリーズ作品と異なっている(詳しくは後述)。

おまけゲームとして「BATTLE GAME」という物があり、本編クリア後にプレイができる。クレア(2種類)、クリス、スティーブ、ウェスカー各キャラクターを操作して道中に現れるクリーチャーを全て排除し、最後にボスと対決。クリア時のタイムによってランクが決定。それぞれ決められた武器を所持しており、装弾数は無限。全てのキャラクターでSランクを獲得するとリニアランチャーがバトルゲーム中で使用できるようになる。
クレア・レッドフィールド ( Claire Redfield )
前々作『バイオハザード2』の主人公の1人。兄であるクリスの捜索の為にアンブレラのパリ研究所ビルへ潜入し、激しい銃撃戦を繰り広げるが逮捕され、ロックフォート島に収監される。島が襲撃された際にロドリゴにより開放され、スティーブとともに脱出を目指す。兄クリスを非常に慕っているが、一方ではスティーブに対しお姉さんぶる一面も。バイオハザード2とは顔つき、服装が異なっている。また、バトルゲームでは本編の服装とは別にレースクイーン姿で登場する。
クリス・レッドフィールド ( Chris Redfield )
『バイオハザード1』の主人公であり、クレアの兄。元はラクーン市警察の特殊部隊S.T.A.R.S.の隊員であったが、洋館事件(『1』の舞台)によって隊は壊滅。生き残ったメンバーとしてアンブレラの実態を暴くためヨーロッパに渡り調査を行っていた。レオンからの連絡を受け、クレアを救出するためにロックフォート島へ赴くが、すでにクレアは脱出した後であった。代わりに彼は思わぬ“旧友”と再会することになる。崖下からロックフォート島にロッククライミングで侵入するなどその強靭な肉体は健在。そしてロッククライミング中に持ってきた装備を殆ど失ってしまう少々抜けたところも健在。
スティーブ・バーンサイド ( Steve Burnside )
ロックフォート島の監獄に父親と共に囚われていた17歳の少年。島内の混乱に乗じて脱走し、同じく収監されていたクレア・レッドフィールドと出会い、島からの脱出の為に協力しあう事になる。父親が原因で母親を殺され、自分は投獄されてしまったためやや人間不信に陥っており、家族の絆という物に嫌悪感を示す。その為か、力の象徴である銃に対し並々ならぬこだわりを持つ。クレアと行動する内段々と心を開き、信頼を寄せるようになる。オリジナル版と完全版では髪型が異なる。
南極のアンブレラの施設内で捕らえられ、T-Veronicaを投与されてモンスター化させられクレアに襲い掛かる。最後には理性を取り戻しクレアを助けるが、触手により致命傷を受け、最期はクレアに愛を告げ逝った。肉体はアンブレラを裏切り対抗組織に身を置くアルバート・ウェスカーに持ち去られる。ウェスカーの台詞から、今後何らかの形で再登場する可能性もある。
アルフレッド・アシュフォード ( Alfred Ashford )
アンブレラ社所有のロックフォート島の責任者。アンブレラの創設メンバーの一人、エドワード・アシュフォードの孫にあたり、アレクシアの双子の兄。無能な父を軽蔑し、かつてあったアシュフォード家の貴族としての栄光を取り戻そうと躍起になっているが、司令官として優秀とはいえず様々な問題を抱えており、また妹アレクシアへのコンプレックスもあって倒錯した人格を形成している。兵器マニアであり、娯楽で囚人を惨殺して楽しみ、アレクシアがいない寂しさに耐え切れず妹の人格を生み出してしまうなどかなりの変人である。アレクシア曰く「忠実だが無能な兵隊蟻」。
アレクサンダー・アシュフォード ( Alexander Ashford )
アシュフォード家の6代目当主で、アルフレッドとアレクシアの父親。当主として優秀な人物とは言えなかったらしく、アシュフォード家の栄光は彼の代で地に落ちることとなる。かつての栄光を取り戻すべく、専攻していた遺伝子工学から初代当主ベロニカの再臨を考え始める。そしてそれは成功し、ベロニカの再来であるアレクシアが誕生することになる。しかし彼にとって予定外だったのは生まれたのが双子だったことである。彼曰くアルフレッドは「普通より知能は高いが天才ではない」子供で、必要とされていなかった。後にアレクシアが生み出したT-veronicaの実験体とされ、ウィルスとの共存に失敗して凶暴な怪物「ノスフェラトゥ」となる。
アレクシア・アシュフォード ( Alexia Ashford )
ロックフォート島の責任者・アルフレッド・アシュフォードの双子の妹。家系的には先代当主アレクサンダーの娘であるが、実際にはアルフレッドと共にアシュフォード家初代当主ベロニカをクローン技術で蘇らせたクローン人間であり、アレクサンダーの血は受け継いでいない。稀に見る高い知能を有した天才科学者であり、ウイルス、バイオテクノロジーの研究で才能を発揮していたが、1983年、弱冠12歳にして南極アンブレラ基地の研究施設でウイルス研究から生み出したT-Veronicaウイルスを自身に投与、実験中の事故で死亡したと偽り以後15年間ものコールドスリープに入っていた。自分以外の人間を愚民として見下すなど自尊心が強い。
アルバート・ウェスカー ( Albert Wesker )
『バイオハザード1』の登場人物であり、元S.T.A.R.S.アルファチームの隊長。しかしその実体はアンブレラの研究員であり、組織の鞍替えを目論み「洋館事件」の裏で暗躍していた人物であった。洋館事件で死亡したと思われていたが、同僚であったウィリアム・バーキンから貰った「使用すれば一度仮死状態になり、超人的な能力を持って復活する薬」(G-ウイルスか、もしくはその改良品と考えられる)を摂取していた為、復活。その副作用か瞳孔が変化し、爬虫類を思わせる細い赤く光る目になった。アンブレラと敵対する製薬会社「H.C.F.」の部隊に参入し本作に登場。部隊を率いてロックフォード島を襲撃、T-Veronicaの確保に成功する。同時に、再びクリスと相対することになり、その憎しみをぶつけている。復活とその後の詳しい経緯は完全版の限定版に付いていた「ウェスカーズリポート」に記されている。ちなみにアレクシアと対峙する際、オリジナル版では手も足も出なかった事に対し、完全版では残像を残して壁を走ったり、素手で殴ったりと互角の戦いを演ずる等その超人ぶりが目立っている。
余談だが、「俺はクリスに殺された、クリスが憎い」と発言するシーンがあるが『バイオハザード1』ではリメイク版も含め、いかなるルートでクリアしたとしてもクリスがウェスカーを殺害するシーンはない。
クリア後のバトルゲームで使用することが出来るが、武器がナイフしかないため難易度は非常に高い。但しその分ランクの決めが非常に甘く、一時間以内にクリアすれば確実に最高のランクが手に入る。
ロドリゴ・ファン・ラバル ( Rodrigo Juan Raval )
アンブレラのヨーロッパ支部・パリ研究所の第3警備部隊長であり島の刑務官。クレアをとらえた張本人。元はロックフォート島の住人であった一族の1人であり、アシュフォード家が施設を作るため島民のほとんどを強制退去させた後も先祖の墓を守るため、刑務官として就任していた。家族に先立たれている。アンブレラの非人道性に嫌気がさしており、島の崩壊に際しクレアを牢から解放した。負傷しながらも島の爆発後には家族の墓前に向かい、島に到着したクリスの前で逝く(クレアが事前に止血剤とライターを渡すか否かで迎える最期が異なる)。
D.I.J.
何らかの実験により人並みの知性を獲得、言語を解せるようになった(しかし喋れない)ネズミ。こちらもバイオハザードの起きた島から脱出しようと試みておりムービーを注意深く見るとちらっとその姿を見せていることがある。「チキンではない」らしい。彼の行動を記した日記をBATTLE GAMEで手に入れる事ができ、その日記にはタイラント戦でクレアを手伝ったと書かれているが、何をしたのか、また役に立ったのかは不明。最後はウェスカー達の潜水艦に乗り込み脱出した模様。

登場クリーチャー
ゾンビ ( Zombie )
島の作業員や囚人、特殊部隊の人間などがT-ウイルスに感染し、歩く屍と化している。本作では生前の職業(服装)によって能力が変動するようになっており、例えば墓場に埋められていたゾンビは腐敗がひどいので能力が低く、逆にウェスカーの部下である特殊部隊員のゾンビは能力が高い。他にも顔つきや装飾品などの細かなバリエーションが特色である。爆弾を背負っているゾンビも登場、爆破オブジェクトと同じ扱いになり火器で攻撃すると爆発して周囲を巻き込む。また、寄生虫を腹に宿しているゾンビも存在し、ランダムで寄生虫が外に飛び出して操作キャラクターを攻撃する。本作のゾンビは、部位破壊は存在するものの“頭部を失う”などの部位欠損描写が無く、例え頭部を破壊しても(肉片が飛び散るような演出こそあるが)見かけ上は何も変わらない。ロケットランチャーを撃ち込んだとしても五体満足のまま黒コゲになるだけである。他作品よりも全体的に移動スピードが速く、不意に加速したりもするのでハンドガンでは止めきれないケースも多々ある。ナイフで一定距離から攻撃するとダウンさせることができる。
ゾンビ犬 ( Zombie dog )
軍用犬として飼育されていたドーベルマンが二次感染を起こした物。
コウモリ ( Bat )
島に生息していた野生のコウモリが、T-ウイルスに感染した物。サイズはあまり変わらないが、凶暴さが増しており、人間に積極的に襲い掛かってくる。暗く湿った場所に群れで生息している。走ったり銃を撃ったりして物音を立てなければ襲い掛かってこず、またライターを装備していれば近寄られることはない。
砂虫 ( Gulp worm )
ミミズをベースにT-ウイルスの投与、遺伝子操作によって生み出されたB.O.W.で、人間を丸呑みできる程の巨体を持つ。試作段階の物を、ロックフォート島の訓練施設にて行われていた対B.O.W.対策部隊による模擬戦闘の相手として用い、データ収集していた模様。ラクーンシティに出現した「グレイブディガー」に酷似しているが、「グレイブディガー」がウイルスの二次感染により偶発的に生まれたのに対し、砂虫はこれを元にB.O.W.として研究開発された物。地中を掘り進んで移動し、獲物の臭いを感知して襲い掛かってくる。
バンダースナッチ ( Bandersnatch )
タイラントをベースにした量産型B.O.W.の試作品。1つの兵器としての完成度よりも量産性を重視されて生み出された。退化した左腕に比べ右腕が極端に肥大化したアンバランスなシルエットが特徴。右腕は単なる巨大発達にとどまらず、伸縮自在で広い攻撃範囲を持ち、また、遠くの物を掴んで身体を引っ張り瞬時に移動することで下半身の退化による緩慢な動きをカバーする役割も果たす。壁などに張り付いている時に攻撃しても、当たりこそするがダメージを与えられない。火炎弾が弱点。「バンダースナッチ」というコードネームは、イギリスの作家ルイス・キャロルの代表作の一つ『鏡の国のアリス』に登場する猛獣の名が由来。
蛾 ( Moth )
実験用に飼育されていた蛾がT-ウイルスの影響で巨大化した物。攻撃はしてこないもののリン粉に強力な毒性を有しており、吸い込むと毒に侵されてしまう。動く物に卵を産みつける習性があり、気が付いたときに取り去らなければ、幼虫が孵化して毒牙で噛み付いてくる。体力は低いのでどんな攻撃でも1撃で倒せるが、倒しても部屋を出ると復活する。
クモ ( Black widow )
ラクーンシティでの事件から得たデータを元にアンブレラが研究開発したB.O.W.。従来のシリーズに登場していたクモ型のクリーチャーとは素体が違っており、外見も大きく異なる。紫色の毒々しい腹部と細長い脚を持つ。本作にはサイズ別に3種類が登場する。従来のシリーズと異なり硫酸弾が弱点である。
大クモ
南極に1匹だけ登場するクリーチャーで、ボスキャラのような存在。環境に適応した個体が更に巨大化したもので、クレーン操作室を潰してしまうほどの力を持ち、天井や壁を這い回り、毒液と引っかきを駆使してクリスに襲い掛かってくる。腹部に大量の小クモを宿しており、腹部が破壊されると一斉に飛び出してくる。
中クモ
従来のシリーズに登場するものに近いサイズだが、若干小さい。素早い動きで近寄り噛みつき、毒液を飛ばしてくる。腹部が破壊されても頭胸部だけで動きまわり飛びついてくるため、頭部への攻撃が効果的である。
小クモ
大クモの腹部が破壊されると出てくる物で、正面の敵に飛び掛って攻撃してくるが、踏み潰すだけで倒せる。
ハンター改 ( Hunter )
『1』に登場したハンターαを、ウェスカーの所属する組織が改良した物。外見はαに似ており行動パターンもほぼ同じだが、「自走式監視機」と呼ばれるサポートメカによりある程度の行動制御が可能となっている。ゲームが進むと「スウィーパー」と呼ばれる改良型が登場、こちらは体色が赤紫で、爪に毒が仕込まれている。本作では即死攻撃が「首狩り」から「ツメ振り下ろし」になっている。右利きで硫酸弾が弱点。なお、自走式監視機を破壊することは出来ない。
アリ ( Ant )
ウイルス研究のためにアレクシアが飼育していたアリ。T-Veronicaの投与により巨大化し、凶暴性も増している。南極基地に巨大な蟻塚を形成しており、その周囲に生息。近寄る物に積極的に噛みつき、ブーツを履いていてもダメージを受けてしまう。性質は小クモと同じで、踏み潰して倒す事もできるが無限に湧いてくる。
アルビノイド ( Albinoid )
ロックフォート島に生息するサンショウウオにT-ウイルスの投与と遺伝子操作を施して生み出したB.O.W.。水陸両用に開発されている。幼体は地上を素早く這って移動、身体に帯電し、接触した者を攻撃する。十数時間で体長2mほどの成体へ成長。成体には手足が形成されているが地上の移動は苦手であり、水中で能力を発揮する。体から放電して水中を伝わせ遠距離まで攻撃する。作中では逃げ出した幼体の中の1体が成体となって襲ってくる。水中にいるため対B.O.W.ガス弾が効かないほか、ロケットランチャーの攻撃を当てられない(体勢が低い上に、部屋の構造上“壁にランチャーを当てて爆風での攻撃”もできない)。
触手 ( Tentacle )
アレクシアの覚醒と共に南極基地に現れるクリーチャーで、T-Veronicaとの共生により生み出されたアレクシアの一部。アレクシアの意思により動き、伸縮自在で時には数kmも伸びる。力も非常に強く、雪上車を軽々とひっくり返すほど。基地のあらゆる所から現れるが、接近しなければ攻撃されない。
タイラント ( Tyrant )
アンブレラの研究により生み出された究極のB.O.W.。『バイオハザード2』に登場したタイプと同じ量産型の物がベースで、コードはT-078。ラクーンシティの事件以前にロックフォート島に持ち込まれ、カプセルの中で冷凍保存されていたが、島から脱出しようとするクレア達を妨害するべくアルフレッドが目覚めさせた。連絡通路と輸送機のカーゴルームの2箇所で戦うことになる。本来は生命の危機に陥ると解除されるリミッターが、最初から外され暴走状態になっており、実質的にはスーパータイラントに近い。腕部は鉄球のような特殊な変異を遂げており、破壊力は大きい。従来のタイプと同じく、止めを刺すにはある特殊な方法が必要となる。
ノスフェラトゥ ( Nosferatu )
アレクシア・アシュフォードのT-Veronicaを用いた研究の過程で生まれたクリーチャー。その実態はアレクシアの父であり当時のアシュフォード家当主・アレクサンダーの成れの果てである。実験体として不完全だったために破棄され、南極研究所に監禁されていた。体細胞がガン化しており、15年間に及ぶ水も食料も無い監禁状態を生き延びた。身体に特殊な毒素を備えており、これに侵されると専用の血清でしか解毒できない。監禁時の名残として、手足は拘束具によって自由を奪われており、また目隠しにより目も見えていないが、背中の触手と体内で生成した毒液を気化させた毒霧を使って攻撃する。胸にある剥き出しの心臓が弱点で、スナイパーライフルかナイフで狙うことができる(それぞれ止めを刺した際に専用のムービーが挿入される)。「ノスフェラトゥ」の呼び名は上記の事情を知らない研究所職員が後に付けた物で、その由来は「不死者・吸血鬼」を意味するルーマニア語から(同名の吸血鬼映画も存在する)。
モンスター化スティーブ ( Steve monster )
アレクシアによりT-アレクシア(T-Veronicaの未完成版)を投与されたスティーブ。アレクサンダー同様ウイルスとの共存に失敗したことで、巨大化し爬虫類のような緑の皮膚を持つ異形の存在と化し、スティーブの面影は頭部に多少残っている程度。手にした斧を振りまわしての攻撃は桁外れの破壊力を持ち、VERY EASY以外では2発食らうだけでゲームオーバーになってしまう。弾薬を打ち込むと仰け反ることがあるものの倒すことは絶対に出来ないため、逃げるしかない。
アレクシア ( Alexia )
アレクシア・アシュフォードが、研究開発したウイルス「T-Veronica」を自身に投与、15年間に渡るコールドスリープを経てウイルスと共生し、進化したクリーチャー。元の人間としての意思を有しているが、進化する毎にその姿は人間からかけ離れて行く。
第1形態
目覚めた直後のアレクシアが戦闘に際し姿を変えた物。体形は人型をとどめているが、肌は灰褐色になり、所々植物が絡みついたような姿になっている。外気に触れると発火する血液や、触れるだけで外敵を発火させるなどの特殊な能力を有しており、捕まると体内に直接高熱を送り込まれて即死する。傷を負い血液が流れるとそこから発火し、体内から消化液を出して攻撃してくる。
第2形態
第1形態から変容し巨大な女王蟻のようになった物で、すでに人としての姿は留めていない。巨大な根のような触手を振り回し、毒液を吐き、攻撃生物をその胎内から生み出してくる。上半身、下半身それぞれに当たり判定を持っており、下半身への攻撃の方がダメージが大きく、また、中段攻撃で境目の部分を攻撃すると上半身と下半身両方にダメージを与えたことになり、結果的にダメージ値は倍近くになる。
第3形態
第2形態で深刻なダメージを受けると上半身が腹部から離れて飛行形態を取る。その姿は女王蟻というより、蟻のエサにしていたトンボを連想させるのが皮肉である。兵隊蟻を統率する能力は失われており、攻撃方法も発火成分を持つ緑色の体液を撒き散らす程度。唯一人間の姿をとどめている顔面には、計画が失敗したことへの無念と憎悪が入り混じった複雑な表情が浮んでいる。
バトルゲームで登場する物を除きリニアランチャー以外の武器は一切効かないが、命中すれば一撃で倒す事ができる。ただしリニアランチャーは弾速が遅く、ただ狙って撃つだけではまず当らないため、動きを先読みする必要がある。

2009年02月10日

屋島の戦い

屋島の戦い(やしまのたたかい)は、平安時代末期の元暦2年/寿永4年 2月19日(1185年3月22日)に讃岐国屋島(現高松市)で行われた戦いである。治承・寿永の乱の戦いの一つ。
ナビリベリア コレポン テニス ヱスビー アント キック ブルマン 女性の生活 チップ スターフ ゼネス くちばい ノパン たらふく ミック チャー プレミ クォーザ ラップ バッイグ パート フォー エストール カーシェア Sぼうおく チアダンス フォース ゼキショウ ブレイブ ヒップボーン ドーム ブリース サボテン リンリレー ロースター バイメタ モルモッ ダバオ ジュネーブ シオニズム グッド ニュー ガイド レター ガーリ 青梗菜 ファック オールス ジャスパー じゃじゃ

寿永2年(1183年)7月、源義仲に敗れた平氏は安徳天皇と三種の神器を奉じて都を落ち、九州大宰府まで逃れたが、在地の武士たちが抵抗してここからも追われてしまった。平氏はしばらく船で流浪していたが、阿波国の田口成良に迎えられて讃岐国屋島に本拠を置くことができた。

寿永3年(1184年)1月20日、鎌倉の源頼朝と義仲の抗争が起き、義仲は滅びた(宇治川の戦い)。その間に平氏は勢力を立て直して、摂津国福原まで進出するが、頼朝の弟の範頼・義経に攻められて大敗を喫した(一ノ谷の戦い)。この戦いで平氏は一門の多くを失う大打撃を蒙った。

平氏は屋島に内裏を置いて本拠とし、平知盛を大将に長門国彦島にも拠点を置いた。平氏はこの拠点に有力な水軍を擁して瀬戸内海の制海権を握り、諸国からの貢納を押さえ力を蓄えていた。一方の鎌倉方は水軍を保有しておらず休戦が続いた。

後白河法皇は三種の神器の返還と源平の和平を打診させる使者を平宗盛へ送るが、宗盛はこれを拒否した。

一ノ谷の戦い後、範頼は鎌倉へ帰還し、義経は頼朝の代官として京に留まった。頼朝は後白河法皇に義経を総大将として平氏を討伐したい旨の意見を奏請した。

同年6月、頼朝は朝廷に奏上して範頼を三河守、一族の源広綱を駿河守、平賀義信を武蔵守に任官させた。一ノ谷の戦いで最大の殊勲を上げた義経は任官から外されており、これは古来、頼朝が義経の軍事的天才を警戒したとも、義経の忠誠心を試したとも言われている。

同年7月、後白河法皇は安徳天皇を廃し、その弟の尊成親王を三種の神器がないまま即位させた。後鳥羽天皇である。これにより、朝廷と平氏は完全に決裂した。

範頼の山陽道・九州遠征
同年7月、頼朝は先に後白河法皇に意見奏請した義経ではなく、範頼に平氏討伐を命じた。山陽道を進撃して九州に渡り平氏の背後を遮断する作戦である。同年8月7日、範頼率いる和田義盛、足利義兼、北条義時ら1000騎が鎌倉を出立した。

不満に感じていたであろう義経を後白河法皇は8月に検非違使尉に任じた。御家人が頼朝の許可無く任官することは禁じられており、頼朝は激怒して、義経を平氏討伐から外してしまう。

8月27日に範頼は入京して追討使に任じられ、9月1日に3万余騎をもって、京を発し九州へ向かった。

山陽道を進む範頼軍は10月には安芸国に達し、12月には備中国藤戸の戦いで平行盛の軍を撃破している。だが、範頼の遠征軍は長く伸びた戦線を平氏軍に脅かされ兵糧の調達に窮し、関門海峡を知盛に押さえられており、船もないため九州にも渡れず進撃が止まってしまった。いったんは長門国まで進出するが、兵糧が尽きて周防国へ後退している。範頼は窮状を訴える書状を次々と鎌倉に送っている。侍所別当の和田義盛ですら鎌倉へ密に帰ろうとする事態になり、範頼軍の将兵の間では厭戦気分が広まり全軍崩壊の危機に陥った。思わしくない戦況に鎌倉の頼朝は焦燥した。

一方、京に留まっていた義経は後白河法皇に引き立てられ、9月には従五位下に昇り、10月には昇殿を許されている。義経は後白河法皇との結びつきを強め、頼朝にとって危険な存在となってきた。

元暦2年(1185年)1月に範頼は豊後国と周防国の豪族から兵糧と兵船を調達して、ようやく豊後国へ渡ることに成功。2月1日、範頼は豊後国芦屋浦で平氏方の原田種直を破る。範頼は背後から彦島の知盛を衝くことを企図するが兵船が不足して実行できなかった。

この範頼の捷報は鎌倉に達しておらず、頼朝は、やむなく義経に屋島攻撃の命令を出した。義経の用兵の才に頼らざる得なくなったのである。

合戦の経過
出港準備と逆櫓論争
逆櫓の松趾碑2月、義経は摂津国の水軍渡辺党と熊野別当湛増の熊野水軍そして河野通信の伊予水軍を味方につけて、摂津国渡邊津に兵を集めた。

出航直前の2月16日に後白河法皇の使者高階泰経が渡辺津に来て、義経に「大将が先陣となることはない」と京へ戻るよう法皇の意を伝えている。これに対して義経は「自分には存念があり、先陣となって討ち死にする覚悟があります。」と決意を述べている。

『平家物語』によれば、渡邊津を出航するにあたり義経は戦奉行の梶原景時と軍議を持ち、景時は船の進退を自由にするために逆櫓を付けようと提案した。しかし、義経は「そのようなものを付ければ兵は退きたがり、不利になる」と反対する。景時は「進むのみを知って、退くことを知らぬは猪武者である」と言い放ち、義経は「初めから逃げ支度をして勝てるものか、わたしは猪武者で結構である」と言い返した。逆櫓論争である。景時は深く遺恨を持ち、後の頼朝への讒言となり、義経の没落につながったとされる。

奇襲
屋島の戦い関係図拡大2月18日午前2時、暴風雨のために景時は出航を見合わせようとするが、義経は僅か5艘150騎で出航する。同日午前6時に義経の船団は暴風雨をつき通常3日の航路を4時間ほどで阿波国勝浦に到着した。

『吾妻鏡』に「丑の刻(午前2時)に船5艘で出発し、卯の刻(午前6時)椿浦浜に着く(通常は三日の行程)」と記されている。4時間で到着したことになるが、これは『吾妻鏡』が出発日または到着日を1日間違え、実際には1日と4時間の航行時間だったという見方が有力である。

勝浦に上陸した義経は在地の武士近藤親家を味方につけ、屋島の平氏は、田口成直(田口成良の子)が3000騎を率いて伊予国の河野通信討伐へ向かっており、1000騎程しか残っておらず、それも阿波国、讃岐国各地の津(港)に100騎、50騎と配しており、屋島は手薄であるとの情報を手に入れ、好機と判断した。

まず、義経は平氏方の豪族桜庭良遠(田口成良の弟)の舘を襲って打ち破る。その後、徹夜で讃岐国へ進撃して翌2月19日に屋島の対岸に至った。

この頃の屋島は独立した島になっていた(江戸時代の新田開発により陸続きに近くなった。ただ、今なお相引川によって隔てられている)。干潮時には騎馬で島へ渡れることを知った義経は強襲を決意。寡兵であることを悟られないために、義経は周辺の民家に火をかけて大軍の襲来と見せかけ、一気に屋島の内裏へと攻め込んだ。海上からの攻撃のみを予想していた平氏軍は狼狽し、内裏を捨てて、屋島と庵治半島の間の檀ノ浦浜付近の海上へ逃げ出した。

扇の的と弓流し
やがて、源氏軍が意外に少数と知った平氏軍は、船を屋島・庵治半島の岸に寄せて激しい矢戦を仕掛けてきた。『平家物語』によれば、平氏の猛攻に義経の身も危うくなるが、郎党の佐藤継信が義経の盾となり平氏随一の剛勇平教経に射られて討ち死にした。継信の墓は庵治半島側の牟礼町洲崎寺に、また激戦の中で継信弟の忠信に射られて討ち死にした平教経童の菊王丸の墓は屋島東町檀ノ浦にある。 なお『吾妻鏡』によれば、教経は屋島の戦い以前に、一ノ谷の戦いで討ち死にしている。

那須与一夕刻になり休戦状態となると、平氏軍から美女の乗った小舟が現れ、竿の先の扇の的を射よと挑発。外せば源氏の名折れになると、義経は手だれの武士を探し、畠山重忠に命じるが、重忠は辞退し代りに下野国の住人那須十郎を推薦する。十郎も傷が癒えずと辞退し、弟の那須与一を推薦した。与一はやむなくこれを引き受ける。

与一は海に馬を乗り入れると、弓を構え、「南無八幡大菩薩」と神仏の加護を唱え、もしも射損じれば、腹をかき切って自害せんと覚悟し、鏑矢を放った。矢は見事に扇の柄を射抜き、扇は空を舞い、海に落ちた。『平家物語』の名場面、「扇の的」である。

これを見ていた船上の平氏の武者が誉めそやして踊るが、義経はこれを射るように命じ、与一はこの武者も射殺してしまった。怒った平氏は再び攻めかかる。激しい合戦の最中に義経が海に落とした弓を敵の攻撃の中で拾い上げて帰り「こんな弱い弓を敵に拾われて、これが源氏の大将の弓かと嘲られては末代までの恥辱だ」と語った『平家物語』の「弓流し」のエピソードはこの際のことである。

2月21日、平氏軍は志度浦から上陸を試みるが、義経は80騎を率いてこれを撃退した。『平家物語』には、この時、僅か15騎を率いた義経の郎党の伊勢義盛が田内成直の3000騎を降伏させたという話がある。やがて、渡邊津から出航した梶原景時が率いる鎌倉方の大軍が迫り、平氏は彦島へ退いた。

戦後
屋島の陥落により、平氏は四国における拠点を失った。既に九州は範頼の大軍によって押さえられており、平氏は彦島に孤立してしまう。義経は水軍を編成して、最後の決戦である壇ノ浦の戦いに臨むことになる。

近年の研究
菱沼一憲(国立歴史民俗博物館科研協力員)は著書「源義経の合戦と戦略 ―その伝説と実像― 」(角川選書、2005年)で、この合戦について以下の説を述べている。

思わしくない戦況に、頼朝は義経へ屋島攻撃の命令を出した。義経は畿内の海運関係者である淀江内忠俊と、摂津源氏と関係の深い水軍・渡辺党を取り込み、文治元年(1185年)1月、渡辺党の本拠地・渡邊津へと赴き、1ヶ月間、兵糧の集積と兵船の準備を進めた。

義経渡海以前、紀伊水道を取り囲む紀伊・淡路・讃岐・阿波では反平家分子が生じており、源為義の末子という加茂冠者義嗣・淡路冠者義久なる二名の人物を担いで挙兵している。結局、平教経ら平家方に鎮圧されたが(六ヶ度の戦い)、反平家勢力の糾合のためには、源氏の棟梁格の人物が必要とされていたことを示している。そこで義経は、阿波の反平家勢力と連絡を取り、自らは少数で阿波へ渡り兵を集めつつ迂回して陸上から攻め、梶原景時は大規模な水軍を擁して海上から攻撃するという作戦を立てた。

2月、義経は阿波へ渡海し、近藤親家の案内によって桜間を攻めた。桜間は平家最大与党・阿波民部大夫の近親者である桜庭能遠の城で、阿波国衙に隣接する平家方の重要拠点であった。この攻撃により、平家は海に孤立する島以外の拠点を失った。その後、義経軍は屋島も攻め落とした。景時率いる主力の水軍は、風雨によって到着が遅れた。

2月19日、平氏軍は志度浦から上陸を試みるが鎌倉方に撃退される。

3月16日、屋島の西の島、讃岐国塩飽庄にいた平家軍を、海上から景時軍が、陸上から義経軍が攻撃し、平家は100艘余りで安芸国厳島に退いた。

2009年01月24日

岡村憲明のストーリー案

キャン ふかがわ プルート てっさく はだいろ バーモ ナローボ シーケン ぱぱいあ リナリア デッド トッカータ あまぎ セレクション チャート マグマ クサノオ レンチ ブッキ カネノナル フェース プロップ くけい テク ぶうぶう ゴロ シーソー おはじき ナップ タイダイ ワンセ タイピン マスコット ロード ワイマ ニチニ コカトリ ダナキ フリーラ ホンコン ミング ノーマ タミフ リトル バッテ スクエア カアト イソ次世 ミー スター

Z.O.Eと関わりのあったディレクターの岡村憲明のブログで、プロジェクト初期のタイトル「アトランティス」のストーリー案、そしてレオが主役だった場合の没ストーリー案が公開されている。同時に、岡村憲明とZ.O.E、当時の小島組、小島秀夫との関わりについても記載されている。

レオを主役とした没ストーリーの要約は以下のとおり。詳細は、岡村憲明のブログを参照。

アンティリアを脱したレオは、アトランティス号のメンバーと共に火星へ行き、ジェフティ輸送の本当の依頼者を知る事になる。 その後、一度地球を経由して再び火星へ赴くレオ。アーマーンを用いて火星の人民を人質に取ったバフラムを止めるべく、ジェフティはアーマーンへ乗り込み、アヌビスと対峙する。

戦闘の最中、アヌビスのフレームランナー、ノウマンはジェフティとアヌビス、そしてメタトロンと文明に関係する事柄、戦いの理由を語り始める。

Z.O.E 2173 TESTAMENT
Z.O.E 2173 TESTAMENT ジャンル シミュレーションRPG
対応機種 GAMEBOY ADVANCE
開発元 コナミ
発売元 コナミ
人数 1人
メディア GBA専用ROMカートリッジ
発売日 2001年9月27日
価格 6,090円(税込)
表・話・編・歴

作品概要
2001年9月27日に発売されたゲームボーイアドバンス用シミュレーションロールプレイングゲーム。

火星と地球を往復する移民船で働いていた主人公ケイジ・ミッドウェルが、船の格納庫で出会った少女ミオナ・オルデランや謎の機体テスタメントと共に火星に降り立ち、反地球レジスタンス組織・BISの一員として行動する外伝作品。

時系列は、タイトルの「2173」とある通りANUBISより1年前にあたり、他媒体作品のキャラクターもゲストで登場し、一作目に登場した情報端末「リーカルサーバー」も登場した。ストーリー分岐により二つあるエンディングのどちらかを迎える。 開発は小島プロダクションではなくウィンキーソフト。シナリオはスーパーロボット大戦F完結編に携わったスタッフが担当している。

ゲームシステム
システムについては、ウィンキーソフトが過去に制作を担当していたスーパーロボット大戦シリーズと共通性があり、資金を使った機体と武器の改造もある。

本作は通常のシミュレーションゲーム型の戦闘方法の他に、IAS(インタラクティブ・アクション・システム)と呼ぶ戦闘方法の選択ができることにある。

戦闘方法にIASを選択した場合、プレイヤー側が攻撃の場合は、動き回る敵にターゲットカーソルを合わせてボタンを押す事により、攻撃を成功させる。逆に敵が攻撃してきた場合は、敵のターゲットカーソルから逃げ回るように機体を動かし、攻撃が当たらないようにする。敵味方ともにカーソルや機体のグラフィック内にはクリティカルポイントがあり、これをカーソルの中心で捉えるとクリティカルヒットとなる。

機体のパラメータは、攻撃のものは威力と命中率、防御のものは防御量と回避率、どちらを重視するか調整する事も出来、IASの場合はカーソルの速度や大きさ、機体速度に影響される。

一部、MAP中にローカルサーバーがあり、サーバーにユニットを置く事で、ステージクリア後にOFの武器、特殊機能が追加される。

登場人物

主要人物
ケイジ・ミッドウエル
温厚で優しい少年。17歳、血液型O型。アレスと共に移民船ボナパルトⅢ号で働いていたところ今回の事件に巻き込まれ、「テスタメント」の搭乗者となる。移民船で生まれ、移民船で育った“宇宙生まれ”であり、「ミッドウェル」という姓は彼が生まれた移民船の船名に由来する。
ミオナ・オルデラン
ボナパルト号の格納庫に隠れていた謎の少女。17歳、血液型A型。“黒い機体”との接触事故以降、ケイジ達と行動を共にする。事故の際、記憶を失った。テスタメントと何らかの関係がある。
アレス・エンドゥ-ワ
17歳、血液型AB型。ケイジと同じ地球火星間を結ぶ移民船“ボナパルトⅢ”号で働いていた少年。何事もそつ無くこなす天才肌。後にケイジらと共にBISに参加し「ヴィジャヤ」の搭乗者となる。
ファースティ
テスタメントに搭載されているナビゲートプログラム。同じプログラムであるエイダと比べて、質問に対する物分かりはよく、多少は人の思考に近い考え方、話し方をする。冗談を交えたりなど、変わったそぶりを見せることもある。偽装中はカタカナとひらがなを逆にしたコンピュータらしい発音で会話していたが、テスタメントが本来の姿に戻ったとき普通の発音にもどった。

BISの関係者
デクスン・ガイズ
「エッジ」搭乗者の男性。42歳、血液型O型。BISのリーダー的存在であり、元UNSF軍人。軍人としてエンダーを虐げてきた事への自責の念から組織を設立した。
ラズマ・カスケイドJr.
「ドライツェン」搭乗者の男性。19歳、血液型A型。ノリが軽いBISのムードメーカー兼トラブルメーカー。女好きでチャラチャラした印象を与えるが、根は真面目で一途。
シミルとは幼馴染で付き合いが長く、彼女の心内を察している。
シミル・シャンブロワ
「カリブルヌス」搭乗者の女性。16歳、血液型O型。何故か関西弁で会話し、ラズマ相手にボケとツッコミを使いこなす。
孤児院で育った過去があり、その孤児院とそこで育てられている子供たちを大切に思っている。
ウォーレン・ルーメンルクス
「デュランダルII」搭乗者のサングラスをかけた寡黙な男。33歳、血液型O型。BISに入る以前は傭兵だったが、その当時に起こした過ちから銃を捨て各地を放浪するうちにデクスンと出会い、BISに参加する。
メビュース・K・ライクラフト
「オルクリスト」搭乗者の女性。26歳、血液型B型。常に微笑を絶やさないが、性格は強気で、ラズマからは姉御と呼ばれる。しかし、その笑顔の裏には悲しい過去を秘めている。
タダミチ・E・ユキトウ
「ジャスティーン」搭乗者の男性。24歳、血液型AB型。20世紀後半~21世紀初頭のアニメやB級映画等サブカルチャーに詳しい、いわゆる「オタク」の青年で、それらを引用したマニアックな例えや突拍子もない話をする癖がある。
ファーストネームではなくファミリーネームである「ユキトウ」で呼ばれることを好む。
フィルブライツ・ウェストリバーサイド・ウェアハウスロック26世
「ブレイド」搭乗者の男性。17歳、血液型AB型。愛称はフィル。長い髪に色白の肌、高い声と女性的な容姿をしている。異様に長い本名は、彼の父が「長い名前には幸せが宿る」という思いを込めて付けたもの。
ミオナに想いを寄せており、その事からケイジに憎悪が混じった嫉妬を抱く。
ロビン・オコンネル
BISの活動資金や必要な物質を提供している女性。レジスタンスをバックアップするロビン財団の設立者。
ツィード
ロビンの秘書を務める男性。作戦経路の素早い作成や工作潜入活動なども得意。

UNSFの関係者
フレイザー
治安維持部隊将校。過去は、ティムと呼ばれていた。
ナディア・キャンディッド
アセモスの一員。ボロゾフに想いを寄せている。
ボロゾフ・ヴェラスゴー
アセモスの一員。階級は少佐。冷酷かつ残虐非道な性格で、自分より下のものを下等な生き物と罵る。特に、マーシャン(火星出身者)を嫌う。
ネッド・ノアヒム
UNSFの戦闘隊長の一人。作戦行動として卑劣なやり方を好む。
アマンテ・フールレア
子供っぽく甘い口調で話す女性。自身の持つ天性で入隊時から優秀な成績を収めている。
デジール・ゼフィルス
UNSFの幹部。ライアンコーポレーションと共にアニムスと呼ばれるオービタルフレームを開発している。

マーズ・エンジェル
キュービック
ディジット
パルム

登場兵器
オービタルフレーム
テスタメント
ヴィジャヤ
イブリース
デュランダルⅡ
オリクリスト
LEV
ドライツェン
カリブルヌス
ジャスティーン
バイザック
その他の兵器
ブレイド
フィルが搭乗する装甲車。ビームキャノンとリペア機能を搭載。
エッジ
デクスンの搭乗する戦車。155ミリキャノン砲を武器とする。サプライ(補給)機能を搭載。

TESTAMENTでの作中用語
BIS
火星で活動する反地球レジスタンス組織。組織名は、宇宙生まれの略字。UNSF側の情報操作によりテロリストと陥れられつつある状況にある。
UNSF
火星を統治している軍部。
アセモス
UNSF特務部隊の名称。
ライアンコーポレーション
NUTに次ぐ業績を持つ企業だが、その差は大きく開いている。
アニムス
ゼフィルスがライアンコーポレーションと共に開発したオービタルフレームの名称で、テスタメントの事。

アニメ作品

Z.O.E 2167 IDOLO

『ZONE OF THE ENDERS』と同時発売されたOVAであり、Z.O.E より前の時代設定となっている。

Z.O.E Dolores, i

2001年に放送されたテレビアニメ作品で、『ZONE OF THE ENDERS』と同時期の時代を描いている。

ZONE OF THE ENDERSの登場兵器

オービタルフレーム
50音順で表記
アージェイト (ARDJET)
ANUBISに登場。ランナーはケン。
マントのような外殻と女性的フォルムを持つオービタルフレーム。外殻は分解し遠隔攻撃兵装「ウィスプ」として使用でき、さらに全身を棺のように包み込む防御形態をとる事で外部からの攻撃を完全にシャットアウトする他、強力なバーストキャノンを放つ事が出来る。後にヴァイオラAIにAIを乗っ取られたため、AIを消去された。AIのサポートが無くなったOFをケンの技量では操れなかった為、バフラムの追撃を振り切った後に放棄されている。
デザイン上のイメージソースは「花魁」。名前の由来はエジプト神話に登場する守護女神、ウアジェトの古代名「ウァージェイト」から。
アヌビス (ANUBIS)
Z.O.E、Dolores,i、ANUBISに登場。ランナーはノウマン。サポートAIとして独立型戦闘支援ユニット「DELPHI(デルフィ)」を搭載している。
木星コロニー・アンティリアにおいて開発された新型OF。ジェフティと同じくリコア・ハーディマン博士が設計し、その腹心達により開発された。ジェフティと双子の機体であり、2機が近づくと共鳴反応が発生する。ジェフティ同様、軍事要塞アーマーンを起動させるためのキーとしての役割を兼ねており、ゼロシフトも搭載されている。アヌビスは兄弟機であるジェフティよりも一足先に完成していたため、ゼロシフトが使用可能な状態でバフラム軍に奪取された。
背部に装備された6基のウィスプはスラスターであると同時に大型のジェネレータも兼ねており、これによりベクタートラップによる攻撃の反射・屈折、機体そのものをベクタートラップに収容してのステルス行動を可能としている。ウーレンベック・カタパルトと同様の理論による亜光速移動能力「ゼロシフト」も備え、擬似的な瞬間移動を可能とする。バーストアタックによる攻撃は、火星の地表に宇宙からも確認できるほどの巨大な穴を開けている。
武装は電磁式の銛「ウアスロッド」や、「V.G.カノン」、「ハウンドスピア」など。
2172年に勃発したアンティリア事件によって、作戦の指揮官でありリコア・ハーディマン博士の息子でもあるノウマンの手に渡り、以後、彼の乗機となる。Z.O.Eシリーズを通して最強のOFの一つであり、ジェフティと並んで「イレギュラーオービタルフレーム」とも分類される。
「ANUBIS」では、前作でダークブルーを基調としていた機体色がブラックに、全身に流れるエネルギーパターンの色が赤に変化した。背部の6基のウィスプが無い模造品も存在する。
モデルはエジプト神話における冥界の神アヌビス。
アーマーン アヌビス (AUMAAN ANUBIS)
ジェフティとの対決に敗れ、フォボスで機能停止したかに思われたアヌビスが、アーマーンと合体し、機体性能を向上させた形態。白を基調とした機体色となり、ウィスプは複数の六角形の板の集団となっている。バースト攻撃は追尾性が向上し、アーマーン要塞の内壁を吸収してライフを回復することができる。ノウマンは「メタトロンとの完全なる結合」と述べた。
ジェフティとの戦いの末に破壊されており、動力部を含む残骸は、ジェフティの代わりに自爆するよう再プログラムされ、アーマーンの破壊に利用された。
イシス (ISIS)
Dolores,iに登場する主人公機。ランナーはジェイムズ。詳しくはリンクを参照。モデルはエジプト神話に登場する女神イシス。
イドロ (IDOLO)
IDOLO、Dolores,iに登場。フレームランナーはラダム。
歴史上初のオービタルフレームで、ダイモス事件を引き起こした元凶でもある。
最初に搭乗したラダムにメタトロンが同調している為、ラダム以外のランナーが搭乗した場合、拒絶反応を起し操縦を受け付けなくなるか、最悪の場合はランナーが死ぬまで暴走する。
イブリース (IBLIS)
TESTAMENTに登場。ケイジが搭乗していたボナパルトIII号を沈めた黒い機体。悪魔を彷彿とさせるデザインとなっている。
インヘルト (INHERT)
ANUBISに登場。ランナーはロイド。
バフラム軍所属。金属製フレームの全身を黒いゲル状の物質で覆ったオービタルフレーム。ロイドが自身の技術力を使って開発したワンオフ機である。デザインは金子一馬による。
従来のオービタルフレームの基幹技術だったメタトロンを一切使用しておらず、ゲル状装甲、磁力線の牽引と反発による関節の駆動、頭部に存在する操縦席など、製作者であり搭乗者でもあるロイド独自の技術によって作り上げられた新機軸の機動兵器で、後のLEV開発にも影響を与えることになった。
武装は両肩の短剣や浮遊機雷、ホーミングミサイルなど。また、ゲル状装甲を霧化した煙幕を発生させ、デコイと呼ばれる分身によって幻惑する戦法も得意とする。
名前の由来はエジプト神話に登場する狩猟の神、オヌリス神の古代名。
ヴィジャヤ (VJAYA)
TESTAMENTに登場。ランナーはアレス、ツィード。
BIS所属機体。紫色に塗装されている。テンペストのように頭部が笠をかぶったような形状で、忍者の武具のような武装を持つ。
オリクリスト (ORCRIST)
TESTAMENTに登場。ランナーはメビュース。
右腕に弓状の武器、エルフェンボウを持ち、遠距離戦に長ける。
クラッド (CLOD)

2009年01月17日

魔法少女アニメ

基本的には、

主人公が成人前の女性であること。
主人公が超常現象を引き起こす能力を特権的に持っていること。
その能力、もしくは引き起こされた現象を、作品本編中において「魔法」と呼称していること。
が主たる条件とされる。

ただし、「成人前の女性」というのは、外見上の(見かけの)年齢についてで、設定上、計算上、あるいは当事者の主観的な年齢は、人間の成人年齢を大きく上回ることもある(例 : 『魔法のプリンセスミンキーモモ』、『花の魔法使いマリーベル』)。

これは、往々魔法の世界での1日・1年は人間世界の時間では非常に長期に渡ると設定されるためで、このモチーフは『浦島太郎』の乙姫にさかのぼることができる。より広く、天使・妖精・妖怪などの存在が、不死・永遠で、外見上年を取らないか、取るにしても非常にゆっくりであるとする考え方は、神話の世界では一般的に見られる。

広義には、「忍術」、「超能力」といった能力も「魔法」と同義に扱い、魔法少女アニメとされる(例 : 『さるとびエッちゃん』、『ミラクル少女リミットちゃん』)。

これは、事実上「不思議な力を持った魔法少女のキャラクター類型を踏襲する少女」が活躍する作品を最初期の魔女っ子アニメとその周辺の少女漫画(ファンタジー漫画)が魔法少女作品として認識していた事実による部分が大きく、現在でもそういった条件を満たす作品を魔法少女作品としてあつかう見方が製作サイドおよび視聴者たる女児の側にある(この部分が後に美少女戦士物を生み出す切っかけになっている)。ただし、人魚というモチーフを「魔法のマコちゃん」から「ぴちぴちピッチ」が継承した(漫画作品に限れば、他にも存在する)事実を除けば、他の忍術やサイボーグ能力といった番外的な要素を継承した広義の魔法少女作品は現在では製作されていない。ただし、魔法少女的な超能力作品は度々製作されている。

初期の作品では、主人公が持つ「魔法」能力は先天的なもの(主人公は生まれついての「魔女」)であり、魔法を使う際、特に道具を要しないことが多かった。しかし「ひみつのアッコちゃん」以来の後天的に魔法能力を得た少女が主人公の作品が1980年代以降に主流になり、恐らくは玩具メーカーの要請で、魔法を使う際に道具(ステッキなど)を用いる作品が増えた。ただし、最初期の『魔法使いサリー』OPでステッキを使っており、また直後の実写ドラマ『コメットさん』ではアイテムとしてバトンを常備していた。「魔法と言えば魔法のステッキ」という概念はアメリカ映画『ファンタジア』の『魔法使いの弟子』のミッキーマウスなど、ディズニー映画に登場する魔法使いの影響が大きいとみられる。

スノー モヘア サイトシス ネグロ ノンフ バルカ バチス ほうじゅん フラー レンズフ ラリア だるま ネコヤ ストリ ステッキ クスノキ サーベル シシウド スタジ レトリック ハイカラ マジッ ローレル シンデレ 交響曲 ブランク ウバイ リアル ブレス ゲイン ガイドヨニ ギアナユ パール ずきん テロップ パイレ ロコ リスボ ジャンク 冬中夏草 女神 ジャンプ亭 ケープ ノーダ オーバー フィアン イカの石 コロラド おみたま おもちゃか

ジャンル
基本的には女児や少女を対象にした子供向けアニメであり少女漫画を原作にするか、コミカライズ作品が少女漫画誌に掲載されることが多い、視聴対象の少女のために恋愛及びファッションの要素がある程度付加される。ティーン層や男性からの支持を受けた作品も多い。OVAで発売された作品の中にはアダルトアニメも存在する。

米国製テレビドラマ『奥さまは魔女』の影響の下、日本最初の少女向けテレビアニメでもあった『魔法使いサリー』を嚆矢とし、1980年代一杯までは、同一の放送局・時間帯・制作会社・スポンサーで、統一シリーズとしてテレビで放送されることが多かった。

しかし1990年代初頭より、様々な制作会社や放送局が参入、内容も一気にバラエティ豊かなものとなった。

代表的なアニメ作品
注:狭義の魔法少女に該当しないものを試験的に理由と共にイタリック表記(ノート参照)

東映系列作品
魔法使いサリー
ひみつのアッコちゃん
魔法のマコちゃん(人魚)
さるとびエッちゃん(忍者)
魔法使いチャッピー
ミラクル少女リミットちゃん(サイボーグ)
キューティーハニーシリーズ(純バトルヒロイン)
魔女っ子メグちゃん
魔女っ子チックル
花の子ルンルン
魔法少女ララベル
美少女戦士セーラームーンシリーズ(バトルヒロイン)
ふしぎ魔法ファンファンファーマシィー
神風怪盗ジャンヌ(バトルヒロイン)
おジャ魔女どれみシリーズ
プリキュアシリーズ(バトルヒロイン)

スタジオぴえろ作品
魔法の天使クリィミーマミ
魔法の妖精ペルシャ
魔法のスターマジカルエミ
魔法のアイドルパステルユーミ
魔法のステージファンシーララ
シュガシュガルーン
これらの作品を元にしたいくつかの映画やOVAが存在する。また没企画からセイカノートの塗り絵シリーズが生まれた。

葦プロダクション系列作品
魔法のプリンセスミンキーモモシリーズ
魔法のエンジェルスイートミント
花の魔法使いマリーベル

ぎゃろっぷ作品
姫ちゃんのリボン
赤ずきんチャチャ(ファンタジー世界の公開職能)
ナースエンジェルりりかSOS(バトルヒロイン)

AIC作品
魔法少女プリティサミー
砂沙美☆魔法少女クラブシリーズ
まじかるカナン(AIC A.S.T.A製作、他社製作の18禁アニメもあり)

その他の作品
ヤダモン
カードキャプターさくら(北米:Cardcaptors)
魔法騎士レイアース
撲殺天使ドクロちゃん
コレクター・ユイ
Cosmic Baton Girl コメットさん☆(星力)
新白雪姫伝説プリーティア(巫女的バトルヒロイン)
魔法遊戯(ファンタジー世界の公開職能者)
ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルてシリーズ
魔法遣いに大切なこと(ファンタジー世界の公認職能)
超昂天使エスカレイヤー (バトルヒロイン、18禁)
マーメイドメロディー ぴちぴちピッチシリーズ
魔法少女隊アルス(ハイファンタジー世界に帰った無自覚魔法少女)
魔法少女リリカルなのはシリーズ(熱血魔法バトル)
ふしぎ星の☆ふたご姫シリーズ(SF・周知)
奥さまは魔法少女
魔女っ娘つくねちゃん
マジカノ
魔法少女アイシリーズ(18禁)
大魔法峠
ウルトラマニアック
ゼロの使い魔(ハイファンタジー世界の特権職能)
おとぎ銃士 赤ずきん(バトルストーリー)
はぴねす!(公開技能)
もえたん